その21
今回は対価と質の問題について。
商品を得る見返りに対価を払う、というのはよきにつけ悪きにつけ資本主義社会の原点である訳ですが、現在の高度資本主義社会においてはそのシステムが複雑になり、買い手が売り手に直接カネを支払うという単純な形はむしろ減少しているといってもよいでしょう。
今回言いたいことは、例えばアニメやネットといった媒体に関してそのカネの流れが特殊で、それが受け手の消費者意識に大きな影響を及ぼしているということです。TVアニメはタダで見れます。あたりまえですが。しかしよく考えてみるとおかしなことです。つくり手は完全に趣味でやっているわけでもない。ネットに関しても電話代とプロバイダーに少しのお金を払えばたいていのものは見ることができる。(さらに悪事に手を染めれば、、、いや、なんでもないです)実際のところは製作者はスポンサーから対価を得ており、スポンサーはコンテンツにコマーシャルを差し込むことで自らの利益に結びつける努力をしているわけです。近頃は広告の効果も薄れてきているようですが(これは情報のインフレーションが原因かと思われます。人間一人の時間は限られていて、さらにインプットできる容量も限りがある。この条件の元に宣伝のみならず、どうでもいい情報からイデオロギーに関することまであまりにも多くの情報が与えられた結果、一つ一つの情報の印象が薄くなる。さらに、多様な情報、という意味においては、情報どうしが相対化させられてしまうということにもなります。まあ、これは基本的にはいいことだと思います。選択肢がない、ということは恐ろしいことであるし)。
問題は、そのようなシステムを我々が意識せずに受け入れていることです。しかも多くの場合成人以前から。人間は一度手に入れたものが失われたとき、それを取り戻そうとしてしまう。最初から手元に無かったものに対しては無関心でいられるのにも関わらず。私が恐れているのは、現在のコンテンツ提供のシステムがなりたたなくなった時、自分はそれを追えずにいれるだろうか、ということです。
2003/04/22(Tue) 10:29
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